今夜は、“なんにもしない”を、ちょっとだけしてみませんか?
目次
休むはずの時間に、なぜか焦ってしまう
「今日はおやすみの日だから、ゆっくりしよう」
そう思ったはずなのに、
気づけば家事や買い物、スマホチェックに追われていて──
「ぜんぜん休めなかったな」とため息をついてしまう。
そんな経験、きっと誰しもあるのではないでしょうか。
わたしもそうです。
何もしない時間が、なぜか“もったいない”気がしてしまったり、
ぼーっとしているだけなのに、
「ちゃんと使えてない」と自分を責めてしまったり。
でも本当は、休むことって、
**何かを止めるだけじゃなく、“自分を信じること”**かもしれません。
今日は、そんな「休み方」の話を。
ちょっと不器用で、でもとてもやさしい、自分との付き合い方を
静かに紐解いてみたいと思います。
“休み”が怖くなるのはなぜ?
忙しい毎日を過ごしていると、
いざ予定が空いたときに、不思議な不安に包まれることがあります。
「何もしないと、置いていかれそう」
「こんなにダラダラしていて大丈夫かな」
「ちゃんとやってる人たちは、今も努力してるのに」
──休んでいる時間にすら、“競争”を感じてしまうこと。
これって、現代の「頑張りすぎ癖」が見え隠れする瞬間です。
わたしたちはつい、
「動いている=価値がある」と思いこんでしまいがち。
でも、それって本当でしょうか?
むしろ、動きを止めることができる人ほど、
自分の感覚やタイミングに正直で、信頼できるのだと、わたしは思います。
ON/OFFじゃなく“ゆるめる”という選択肢
休むって、「電源をオフにする」ことのように思われがちですが、
実際のわたしたちの心や体は、そんなに簡単に切り替わらないもの。
まるで、ゴムを急に緩めたときのように、
ビヨンと反動が来て、かえって落ち着かなくなることもあります。
だからこそ、「ゆるめる」という中間の選択肢がとても大事になります。
たとえば──
・スマホを見るのを30分だけやめてみる
・ごはんを“食卓で食べる”だけは守ってみる
・ストレッチをしながら音楽をかけてみる
休むというより、“整える”というイメージに近いかもしれません。
完全に止まらなくてもいい。
少しだけ肩の力を抜くだけでも、
心の奥の“ほっとする場所”に手が届く気がするのです。
だらけることと、ほどけることの違い
休んでいる自分に対して、
「こんなにダラダラしてていいのかな」
「何も生産してない自分って、無価値なのでは?」
──そんな風に思ってしまうこと、ありませんか?
でも、だらけることと、ほどけることは違います。
だらけているときって、どこかで「やらなきゃ」が残っていて、
それに罪悪感を感じながらも、何もできない状態。
一方、“ほどける”というのは、
「今はこれでいい」と思えている状態。
自分の呼吸と生活が、静かに調和している感覚です。
わたしが“ほどける”と感じるのは、
湯気の立つお茶をゆっくりすするとき、
畳にごろんと寝転がって、天井を見ているとき、
風がゆるく流れる窓辺で、何も考えずにいるとき──
どれも、生産性のかけらもない時間だけど、
確かに「自分を休めてるな」と思える瞬間なんです。
五感から休むヒント──音・光・香り
「何もしないことが、うまくできない」
そんなときは、“体”から先に休ませてあげるのもひとつの方法です。
わたしがよく頼るのは、五感のひとつひとつ。
たとえば──
🔈 音:湯がわく音、茶筅の音、小雨の音楽
💡 光:蛍光灯ではなく、間接照明や提灯のやわらかさ
🌿 香り:白湯に柚子皮を浮かべたり、和の香のお香を焚いたり
これらはすべて、「なにかをする」のではなく、
「なにかに包まれる」ことで整える休み方です。
心を直接休めようとすると、うまくいかないこともあるけれど、
五感を通して内側から静かに整えることなら、
今の自分にも、きっとできるはず。
台所に立てなくても、お茶を注ぐだけならできる。
画面を閉じて、静かな音に身を委ねるだけでもいい。
休むことは、特別なテクニックじゃなく、
小さな感覚との和解なのだと思います。
「何もしない」にも意味がある
「今日はこれといって、何もしなかったな」
そう思ってしまう日が、ありますよね。
でも、その「なにもしなかった」が、
じつは心や体の深呼吸になっていること、わたしたちは忘れがちです。
呼吸って、見えません。
だけど止めてしまったら、生きていけない。
それと同じで、“意味のないように見える時間”こそが、
わたしたちの暮らしを支えてくれているのかもしれません。
「何もしない」を悪者にしないでくださいね。
むしろその静けさの中に、必要な余白が宿っていることもあります。
ただ存在するだけで、ちゃんと今日を生きていた。
それって、じゅうぶん素晴らしいことです。
休むって、“信じること”かもしれない
もしかすると「ちゃんと休めない」という感覚の奥には、
「休んだら、もう戻れないかもしれない」
「休んでる間に、置いていかれてしまうかも」
──そんな不安が潜んでいるのかもしれません。
でも、わたしは思うんです。
本当に強い人は、休める人なのだと。
なぜなら休むという行為には、
「自分はまた立ち上がれる」と信じる力が必要だから。
すぐに動けなくてもいい。
明日がちょっと重くても、またゆっくり進めばいい。
そんな風に、自分にやさしい約束をしてあげること。
それが、わたしにとっての“休む勇気”でした。
結び|じゃあ、お茶が冷めないうちに──ゆっくりどうぞ
もしもあなたが今、
「うまく休めないなあ」と感じているとしたら──
それだけ、誰かのために頑張ってきた証かもしれません。
でも、休むことは逃げではなく、自分への信頼です。
何もしていない時間の中にこそ、
“ほんとうの自分”がやわらかく戻ってくることもあるのですから。
……じゃあ、今日はもう、がんばらなくて大丈夫。
お茶が冷めないうちに、そっと湯気を見つめて、
静かな夜の余白を──ゆっくりどうぞ。